2012年04月25日

我がままに。

ある者が他者をその意に反してでも行動させうる、特別な「力」を保有することを「権力」と言う。
また、その「力」を持ちたいと渇望することを「権力欲」と言う。
大雑把な解釈だが、まぁ、そういう事だろう。

資本主義というのは、大抵の場合、この「権力欲」の強い人間がのし上がるのに適したシステムだと言える。
なので、この「権力欲」の強くない人間は、権力欲でのし上がり、ある程度の権力というものを持った人間達にこき使われたり利用されることが多くなる。

例えば、小さなお店や会社などでバイトをしても、その構図はよく見える。
その店や会社のオーナーの言動をよ〜く観察していると面白いようにそれがよく見える。
オーナー達は大抵の場合、皆えばりたいのだ。厳しい言葉を使おうが、優しい言葉を使おうが、
ようするに自分の欲求を満たす為に巧みに人をコマのように使おうとするのだ。

権力欲と書いたが、支配欲と言いい変えても同じだ。

皮肉な言い方をすれば、就職に有利な人間というのは、
単に偉く見られたい人達(権力者達)にとって都合よく動いてくれる人間。ということになるわけだ。

さらに極端な言い方をすれば、今の学校教育は、その偉く見られたい人達に、都合よく使われやすい人間を造り出す為の教育だとも言える。学校のシステムや大人の言う事に問題なく馴染める子供を「良い子」と呼ぶのでもその本質は明らかだ。

これは、一種の奴隷制度と変わりがないと思うのだが、何せその奴隷にもそれなりの娯楽を与える為に、奴隷化させられている事に奴隷達が気がつけない。何故なら、その権力者達の言いなりになり、一生懸命仕事をすれば、ある程度楽しく過ごせる為のお金がもらえたりするからだ。「奴隷のように働かされている・・・。」と薄々感じながらも反抗出来ない理由もそこにあったりする。

結局、こういうような構図が原発の問題やら環境破壊、様々な社会問題を生み出しているとも言える。

ここまで書いておいて何だが、、深く社会問題について書こうとしたのではなく、、
僕の周りにもその権力欲やら支配欲の強い人達がいて、巧みに僕を操ろうとするのだが、、
そういう人達にホトホト疲れた今日この頃だったので、こういう内容になった。

自由になるというのは、その権力者達の都合通りには働く事を拒否するという事だ。

資本主義の中ではあるけれど、一応僕らは幸いな事に民主主義の中にもいるので
権力者達の言いなりになるのを拒否するという権利も一応ある。

だから、僕は本当に社会の為になる仕事しかしない。
一個人の支配欲を満たしたり、権力を増長させる為に自分の労力を使いたくない。

我侭?そう、僕は、我がままにゆくのです。
posted by 竜馬 at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 色眼鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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