2010年11月07日

KIJIMUNAA

最近、国際通りでキジムナーと友達になった。

キジムナーとは、『キジムナー(キジムン)は、沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。』とウィキペディアで紹介されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%82%B8%E3%83%A0%E3%83%8A%E3%83%BC

沖縄では知らない人はいないだろう。でも、キジムナーと友達になった人はさすがに少数に違いないwちなみに、僕の知り合ったキジムナーは、沖縄プロレスで活躍するキジムナーなのだけど・・・。
あまりバラエティー番組などをテレビで見ない僕にとって、微妙な芸能人と出会うよりも、全国的には知名度が低くても、県内で有名な琉神マブヤーや、沖縄プロレスのキャラクターと出会う方が、個人的にはちょっと嬉しい♪

実は、僕はプロレスには全く興味ないのですが、キジムナーが凄くいい奴なので、なんとなくキジムナーのキャラクターグッズが欲しくなった。タオルとか、ステッカーとかないかなぁ?
プロレスに興味なくてもキジムナーは応援しちゃおう。

そんなキジムナーのブログを覗きたい方はこちら↓
http://kijimu.ti-da.net/

キジムナーの映像も発見↓↓





いきていたキジムナー (沖縄平和絵本シリーズ)

いきていたキジムナー (沖縄平和絵本シリーズ)

  • 作者: 島袋 あさこ
  • 出版社/メーカー: 汐文社
  • 発売日: 1998/03
  • メディア: 単行本





とんとんみーときじむなー (絵本・ちいさななかまたち)

とんとんみーときじむなー (絵本・ちいさななかまたち)

  • 作者: 田島 征彦
  • 出版社/メーカー: 童心社
  • 発売日: 1987/03
  • メディア: 単行本





てっぽうをもったキジムナー (童心社の絵本)

てっぽうをもったキジムナー (童心社の絵本)

  • 作者: たじま ゆきひこ
  • 出版社/メーカー: 童心社
  • 発売日: 1996/07
  • メディア: 大型本



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2010年11月02日

虎?猫?の旗 多分、虎。

ハロウィーン前夜と当日は、国際通りでアメリカ人のMATTと路上で演奏した。
ここ2,3年、年々路上演奏で投げ銭を入れてくれる人が減っているように感じているのですが
このハロウィーンの前後は比較的いい稼ぎになりました♪♪
道行く人も、いろんなコスチュームの人たちがいて、演奏している僕達も楽しめた。
スターウォーズのキャラクターもいれば、大きなバナナになっているアメリカ人や忍者の黒人
ロシアの民族衣装を着た日本語ペラペラのロシア人の女の子2人とも出会いました。
国際色も豊かでしたが、恰好が宇宙人のような人たちもいたので
ある意味、宇宙規模の種類の豊かさで彩られた国際通りでした。

明日水曜日は、首里で琉球王朝祭りの「古式行列」が昼間行われるようなので
首里の駅付近でまたMATTと二人か、僕一人で路上で小銭稼ぎの予定。
http://oki-park.jp/shurijo-park/event/festival.html

kosiki01.jpg

この古式行列、何度か見に行ったが、結構面白かった。
特に、猫か虎、多分、虎、、でも猫に見えちゃう可愛い虎のマークの入った
冊封使の旗のようなのがあって、それが個人的にもう一度見たい。

画像があるか調べたら、祭を紹介してるサイトにあった!!
これです、これ!↓↓
kosiki06b.jpg
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なんか、ゆるい感じの猫に見えちゃう虎の絵。しかも羽??が生えてる♪
この旗のタオルかTシャツがあれば迷わず買っちゃうのになァ。。
posted by 竜馬 at 20:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

あの世の正月

ブログ、ずっと放置してました。約2年ぶりに書き込みます(汗)

さて、一昨日、3月1日。
沖縄は「十六日祭(じゅうるくにち〜)」という「あの世の正月」だった。
毎年旧暦の1月16日がその「あの世の正月」にあたる。

この「十六日祭」は沖縄では、グソー(後生、あの世)の正月とする観念があって、 墓参りや仏壇にお供えをして祖先をなぐさめる日。

この行事は、祖先を供養するものとして沖縄では常識で、仏壇のある家や、オジイ、オバアのいる家庭では、一般のお正月のように盛大に行ったりするから、本土の人間から見ると驚きだ。スーパーなどでも、この日はこのお正月用の食材が並び、それを買うお客さん達で賑わう。

あの世の正月って言われると、なんだか水木しげるの妖怪の祭りや、宮崎駿の「もののけ姫」の世界のようなものを想像してしまう。

沖縄の行事を見ていると、なんとなく沖縄では「あの世」と「この世」の境界線が本土のものよりも薄い感じがする。

沖縄では、遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方にあるとされる理想郷、『ニライカナイ』信仰があり、『ニライカナイ』は豊穣や生命の源であり、神界でもある。そして生者の魂もニライカナイから来て、死者の魂もニライカナイに帰ってゆくと信じられているが、なるほど海の彼方、水平線を見ていると空と海の境界線が薄れ、どことなく空と海がまじわっているようにも見える。その景色はそのまま、あの世とこの世が共存し合っているようでもある。

まるで、あの世の者達と共に生きているような感覚を持つ沖縄の風習や文化は、そういう水平線に囲まれた環境から自然に生まれてきたのだろうか?

あの世と、この世の境目の不確かさ。
もののけ。
妖怪。

科学や数字では割り切れず、感覚と感性でしか把握出来ない世界というのは、現代社会が忘れかけている何か大切なもののような気がする。

経済発展だけが『豊かさ』ではないはずだ。


沖縄暮らしのしきたり読本 御願・行事編

沖縄暮らしのしきたり読本 御願・行事編

  • 作者: 比嘉 淳子
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2008/09
  • メディア: 単行本



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2008年02月10日

ケサランバサラン

沖縄の離島の海辺などでよく見かけるのですがウニのような形をした草?で根は無く風が吹くとコロコロと砂浜を転がる不思議な球体の植物?がある

人に聞いたり調べたりしたのですが、、誰も知らないという。。
ある人が、それはケサランパサランではないか?というから調べてみた。

ケサランパサラン↓↓
「白い毛玉のような物体で、空中をフラフラと飛んでいると言わる。 一つ一つが小さな妖力を持つ妖怪とも言われ、UMA(未確認生物)と して扱われることもある。持ち主に幸運を呼んだりすると言われて る。加えて、一年に二回以上見るとその効果は消えてしまうなどと 言われることもある。ケサランパサランを持っているということは あまり人に知らせないほうがいいと言われているため、代々密かに ケセランパ サランを伝えている家もあるという伝説もある。」

ケサランバサランはなんとも不思議な物体なんですね。

でも残念ながら僕が離島でよく見る植物のようなものは白くフワフワしているわけではなく、どちらかというとサボテン。西部劇に出てくる回転草のようでもあるからこのケサランバサランではなさそうです。

誰かこのサボテンような球体の植物が何か知りませんか??
わかるまではケサランバサランという名前にしておこう。

それにしてもこの風に吹かれてコロコロ転がりながら自由で、しかも根が無いながらもどこか雑草のような強さも感じる物体。生きているのか枯れている植物なのかもわかりませんが、僕があこがれる生き方のようでもあり凄く惹かれる。


posted by 竜馬 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月11日

月桃

P1040015.JPGP1040008.JPGgettou4.jpg    gettou7.jpg  


月桃(げっとう)の種を先日近くの森で拾ってきました。

で、試しに植えてみたら、、
生えてきたぁ

月桃は本土の人にはあまり馴染みがないかもです。僕も沖縄に来てはじめて知った植物なんですが、沖縄では随分生活の中に馴染みある植物ですね。なんとなく月桃という名前も好きです。

沖縄の人は皆知っている香りですが
とてもいい香りがするんです、この月桃。

どこまで育つかなぁ、、月桃。
楽しみです。


画像は家の月桃と
育ったらこうなるっていう
月桃の花と実






月桃を詳しく知りたい方へ↓↓

インド南部、東南アジア、南西諸島を含む亜熱帯に群生するショウガ科植物。沖縄の主に野山に自生する他、民家の庭先にもよく植えられている。高さは2〜3m(最大で約5mにもなると言われいます)独特の芳香があり、初夏には白く可憐な花が咲き、初秋には赤茶色の可愛らしい実がなります。独特な香りを持つ葉には防虫、防菌、防カビの効果があり、虫除け剤・カビ除けとして使用されてきました。種子は咳止め、整腸効果のがあり漢方薬として利用されてきたのだそうです。旧暦の12月8日は、沖縄の人々にとって馴染み深い行事鬼餅「ムーチー」の日。 ムーチーとは月桃の葉に餅を包み蒸した餅菓子。その日各家庭ではムーチーを作り仏壇に供えたり、軒下に吊すなどして1年の厄払のまじないとされました。子供のいる家庭では、自分の年の数だけ吊るされたムーチーを食べ、健康を祈願します。また、初めての赤ちゃんが産まれた家庭では「初ムーチー」といって親戚や近所に配ります。ムーチーの日には、天気予報よりも高い確率で寒波がやってきます。この寒さを沖縄では「ムーチービーサ」と呼んでいます。 旧正月を控えた12月8日、家中に月桃の香りが漂います。
posted by 竜馬 at 01:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月26日

隣人はユタ

最近、僕の住むマンションにユタのおばさんが住んでいる。

とても朝早くから起きて、なんだか急にマンション中を掃除。
それも普通の掃除じゃない。階段やら手すりやらをタワシでゴシゴシ
一日中マンション中を磨いている。

風水なのか?マンションのあちらこちらに色々な文字を書いた紙や木の板を貼ったり塩を盛ったり。魔よけのようなことをしている。

目つきが異様にスルドイ。

家の中にも外にも色々な植物を置き始めてマンションの屋上は僕の家庭菜園の野菜プランターと、そのユタのおばさんの植木やらで緑地化が進んでいる。

夜中、どこからか空き缶を毎日沢山拾ってきて昼間はいつもグシャ!グシャ!!と空き缶を踏み潰す音がマンション中に響き渡る。

そのユタのおばさんの異様な行動の為、
隣の住人が他へ越していったぐらいだ。

でも、僕は何故かそのユタのおばさんと仲良くなっている。何故なら毎朝僕は屋上に自分の野菜に水をやりに行くとき、必ずそのおばさんと屋上で会うからだ。僕が野菜に水をやっているといつも嬉しそうに声をかけてくる。60過ぎぐらいの年齢だろうか・・・・。身よりもいなさそうだ、独りで住んでいるし訪ねてくる人もいなさそうだ。植物と会話している。きっとサビシイのだと思う。僕を見つけるといろいろ話かけてくる。ちょっぴり面倒な時もあるけれど、なるべく話し相手になるようにしている。

でも、とにかく目が異様なほどスルドイ。
たまに凄い怖い目つきをする。。
夜中真っ暗な屋上ではあまり会いたくない存在。
でも、なんとなく気になって、優しく接したくなるおばさんだ。

ユタだって独りはさびしいに違いない。
スルドイ目つきの奥にさびしさの影があるのを
僕も見逃していない。

ユタのおばさんが何かを見抜く力があるように
僕も何かを見抜く力がある。

そのおばさんは僕の目の奥のその力に気がつくかな?





ユタを知らない本土の方に

↓↓
「ユタ」

沖縄には古来から「ユタ」と呼ばれる民間の霊能者が存在する。東北地方のイタコのような、いわゆる巫女・シャーマンのことで、他の地方と同様ほとんどが女性である。ユタの役割は驚くほど多岐にわたっている。死者との交信や先祖、土地に関わる霊的相談といった呪術的な指針を示すだけにとどまらず、運勢の吉凶を判断したり、病気治療や命名、進学、、就職、結婚問題など家庭内の諸問題から事業相談にいたるまで、実に広範囲にわたり、問題解決の指針を示していくのである。

posted by 竜馬 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

島言葉の日

昨日は9月18日
沖縄は『島言葉(シマクトゥバ)の日』でした。

わかりやすく言うと沖縄の方言の日。
(方言という言い方は実は少し問題ありなのですが。)

なんでそんな日をわざわざ作ったかと言えば、その昔から使われてきた島言葉が今確実に失われつつあるからです。末期状態と言っても過言ではないでしょう。北海道のアイヌ語のように島言葉を生活で普通に話せる人がいなくなるというさびしいことにならないよう祈ります。

そもそも島言葉がここまで失われはじめたのには悲しい歴史があります。

明治時代から昭和にかけて、本土の標準語を推奨していた日本政府は沖縄の学校で方言を使うことを禁止しました。間違って沖縄の方言を使ってしまった子供には、次に沖縄の方言を使う人が現れるまで首に「方言札(板で作られた札)」をぶら下げるという罰則を受けたりという過去が戦前戦後あったわけです。

ところで、今日その「島言葉」(しまくとぅば)の日についてニュースで特集していたのですが、沖縄民謡でカチャーシーなどの時によく歌われる「唐船ドーイ」の歌詞。これを現代の沖縄の若者に歌詞の意味を聞いてみるという番組内容だったのですが、なんと!かなりの数の沖縄の若者がこの歌詞の意味を知らない!!沖縄の巷では未だにしょっちゅう耳にする曲なのに!

僕は本土の人間です。いわゆる島ナイチャ〜。
そんな僕でも大体の意味を知っている。

ある沖縄の少年はそのテレビで「唐船」の部分を「闘心」、闘う心と誤訳していて愕然とさせられた・・・。そこまで沖縄の島言葉は今若者から忘れられているのか???

僕は沖縄出身の人間ではない。住んで15年、未だに道で太鼓を叩いていると酔っ払いの若造に「ナイチャーは早く沖縄から出て行け!!」なんて言われちゃうこともあるぐらいです。一部の沖縄の人には未だに妙な島根性が根強いらしく、本土の人間、ナイチャーがウロウロ楽しそうに沖縄にいるのが妙に不愉快に感じたりする人もいるらしい。

「お前達ナイチャーが来てから沖縄の海が汚れた。」
「大和のせいでどんどんと沖縄が失われる。」などなど。
若造だけじゃなく、オジサン達にもそうやって絡まれたりすることも多々あります。確かに少しその言い分は理解出来ます。しか〜〜〜し!そう感じるのなら、沖縄生まれのウチナンチュ〜さん達よ、もっと自分の島や島の文化を自ら大事にせよ!!
そう反論したくなることも多い。

なぜなら島言葉、たまに沖縄の子よりも僕の方が知っている場合がある。歴史もそう。「おもろそうし」なんて言っても大抵の若い子は「は??」とまったくわからないようだ・・。

言葉は時代で変化します。
言葉は生きている。
なので昔のままの言葉が永遠に使われるとは思わない。
しかし、言葉は今と過去と未来をつなげる大切な架け橋。
自分達の言葉をよく知ること、大切にすることこそ
真の意味での国際社会に対応出来る国際化。

僕個人的には別に「超〜〜ヤベ〜〜〜!!」だとか、今風の意味不明な言葉が使われはじめても別に良いと思っている。何故なら言葉は生きているから。乱れたっていい。乱れたと思った言葉も時代が過ぎてゆけば教科書に載る言葉になったりだってするだろう。

でも、もう少し言葉を大切にしてもいいと思う。
言葉は僕らのルーツを知る手がかりにもなる。
これは沖縄だけじゃない、本土の日本人も、
自分達の国の言葉にもっと興味を持ってもいいと思う。

一応最後に唐船ドーイの歌詞↓↓

唐船(とうしん)ど〜い さんてぇまん
一散走えーなー(いっさんばーえー)ならんしゃーユイヤナー
若狭町村(わかさまちむら)ぬーうー 瀬名波(しなふぁー)ぬタンメー
ハイヤ センスル ユイヤナ


歌詞の意味

「唐船だぞー!」とは、いっても
一目散に走ってこないのは (はやし)
若狭町村の瀬名波のお爺さんだけ!
(はやし(御めでたい意味))

つまり、年寄りでなければ皆走って集まれぐらいの意味。



2007年09月19日
posted by 竜馬 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月18日

よんな〜よんな〜

向上心が無いのもマズイとは思いますが
ガツガツし過ぎているのも良くないような気がする

特に沖縄に住んでいると、そう感じる事がある

「よんな〜よんな〜」沖縄の島言葉
のんびりとゆっくりみたいな意味ですが、
本土の人の使う「のんびり」よりもまだゆっくりな感覚
でも、決してダラダラとは違う微妙なバランス感覚

今より裕福に、今より便利に、今よりも、、
もっともっと、、、もっと、、と
何かに向かって走り出す人間の我を中心にした欲は人間にある一種の幸福感を得る為の原動力であると同時に不幸をも生み出しているような気がするのは僕だけではないはず。

この欲が巨大化するとアメリカやら日本やら北朝鮮のお偉いさんのような感覚になってしまい、「お国」という大きな塊になってお互いのその欲の塊がぶつかり合いはじめると、とても恐ろしい事になってゆくわけで・・。

そんな欲の塊の競争社会とは別に「よんな〜よんな〜」生きている人までが核なんか落とされた日にゃ巻き込まれてしまうことがやるせない。なんとも悲しい憤りを感じる。

平和とはなんだろう?幸せとはなんだろう?
答えは僕にはまだわからない、、

でも、今よりもより平和を求める心より、今よりもより幸せを探し求めるより、今、現在、今この一瞬を平和に、そして幸せに感じる心もまた大切なのじゃないだろうか?と沖縄の青い海をのんびりと眺めていると感じることが多い。

今この瞬間瞬間を楽しむ心こそが明るい未来を創るのじゃないだろうか?

太古の昔からよんな〜よんな〜と時間は流れてる。
posted by 竜馬 at 03:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月26日

IMAGINE

太平洋戦争で唯一、日本国内において一般住民が地上戦を体験したのは沖縄県だけです。

昨日6月23日は沖縄では知らない人がいないほど大切な日
慰霊の日です。本土の人にはあまり知られていないのは残念。

先の沖縄戦では20万人を超す人々が悲惨な最期を遂げられました。慰霊の日は沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日。
犠牲になられた方々の御霊を慰め、ご遺族をお慰め申し上げますとともに平和を祈念します。  




昨夜参加した慰霊の日の「琉球魂」というライブイベント
慰霊の日に音楽を奏で皆で平和を願い歌い踊る。不謹慎なようで、とても大切な事のように感じた。そんな音楽の力を感じさせてくれたのは、やはり最後のトリを勤めた大先輩のSHYさん。
そんなSHYさんが歌ったジョン・レノンのイマジン。

想像は創造
僕らは愛と平和の音が響き、愛と平和の色が美しく入り混じるような虹色の世界を想像し、創造してゆくことが出来ると僕は信じてます。

IMAGINE

  想像してごらん、天国なんてないんだと・・・
  その気になれば簡単なことさ

  僕らの足下に地獄はなく
  頭上にはただ空があるだけ

  想像してごらん、すべての人々が
  今日のために生きていると・・・

  想像してごらん、国境なんてないんだと・・・
  そんなに難しいことじゃない
  殺したり死んだりする理由もなく
  宗教さえもない
  
  想像してごらん、すべての人々が
  平和な暮らしを送っていると・・・

  僕を空想家だと思うかもしれない
  だけど、僕ひとりじゃないはずさ
  いつの日か、きみも僕らに加われば
  この世界は一つに結ばれるんだ

  想像してごらん、所有するものなんか何もないと・・・
  果たしてきみにできるかな
  欲ばりや飢えの必要もなく
  人はみな兄弟なのさ

  想像してごらん、すべての人々が
  世界を分かち合っていると・・・
                   By ジョン・レノン
posted by 竜馬 at 14:44| Comment(1) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月29日

サクララン

久高に向かって祈るフェイさん2.jpg  ウタキで見た不思議な花.jpg

『斎場御獄(セイファーウ タキ)』で見つけた不思議な花

先日「響祭」で大阪から来られたボーカル&テルミンのフェイターンさんとシンセスト生方さんと『斎場御獄(セイファーウ タキ)』に行った時、久高島へ向かって祈るフェイさんの横で見つけたなんとも不思議な雰囲気漂う花を発見。知人に調べてもらった結果、この花の名前はサクラランと判明

沖縄の自然っていつも驚く発見が沢山ある



サクララン

ガガイモ科

環境: 沖縄、自生、栽培、多年草、つる性。

根・茎: 茎岩などをはう。

葉: 対生、葉柄あり、葉多肉質厚い、葉卵形、葉白緑、葉緑白、全縁。

花: 夏、花紅淡白、葉腋に花柄をだし香気のある小花を球状につける、花5深裂(花片5)、副花冠5開裂、花星状突起状光沢あり、花色サクラに似る。

果: 袋果長10−14cm、果巾0.6−0.7cm、果先尖る、中に種子卵倒形冠毛あり。

参考: 花色サクラに似て葉はラン科に似るのでこの名。


全長: 50- 500 cm
葉長: 5- 15 cm
花径: .5- 1.5 cm

花言葉は「人生の出発・同感・満足・安心立命・愛情」
posted by 竜馬 at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

ひやみかち節

元気の出る僕の好きな沖縄民謡がある
僕はウチナンチュでは無いけど今は沖縄県民
ここ沖縄から何かを発信したい気持ちは人一倍です

高校野球も今は自分の地元よりも
沖縄を応援しちゃいます

そんな島ナイチャーの僕でも気合が入るこの曲
きっとウチナンチュはこの歌詞にもっと気合入るのでは?

歌詞がわからなくても沖縄民謡を少しでも知っていれば
きっと一度は耳にしたことがあるはずの曲

基地問題に翻弄されつづける沖縄
アメリカ、日本政府に圧力をかけら揺れる沖縄の今
この歌詞に込められている思いと気合を
ウチナンチュじゃないけれど1人の人間として
改めて味わいたい。


↓↓↓


ひやみかち節

作詞 平良新助
作曲 山内盛彬(せいひん)



一、名に立ちゅる沖縄宝島でむぬ 心うち合わち うたちみしょり

○名に立つ沖縄 宝島だから 心うち合わせてお立ちください

二、稲粟の実うり 弥勒世ぬ印 心うち合わち気張りみそり

○稲粟が実り 豊年の世の予兆 心うち合わせがんばってください

三、がくやないしゅらさ花や咲き美らさ 我した此ぬ沖縄世界に知らさ

○ガクは鳴りかわいらしい 花は咲き 美しい 私たちのこの沖縄世界に知らせよう

四、人の取る年ぬ んぱんぱぬなゆみ うびらじに取たさ六十ばんじゃ

○人の取る年は イヤイヤ(と拒否)できるか? 思わずに取ったよ 60(歳)真っ盛り

五、我や虎でむぬ羽着けてたぼり 波路パシフィック渡ってなびら

○私は虎だから 羽をつけてください 波路太平洋渡りましょう

六、七転び転でヒヤミカチ起きり 我したこの沖縄世界に知らさ

○七転び転んで「エイ」と言って起きよ 私たちのこの沖縄世界に知らせよう
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2006年04月10日

ご先祖様とピクニック

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今週末沖縄は清明(シーミー)の日でした。

沖縄では親戚一同墓の前に集まり弁当を広げ
三線などで歌ったりと本土の人からすればなんとも不思議で平和な光景がみられる。そんな行事の一つが清明。

墓の前でピクニックのように集まる沖縄の主な行事は旧暦3月、清明の節にあるこの清明祭(シーミ−と同様に墓前であの世の正月を祝う十六日祭(旧暦1月16日)があります。

お墓の前でご先祖にお供えをする日。ただの墓参りではなく、この世の人も家族みんなでご馳走をいただく。沖縄のおばぁに簡単な説明を求めると。「たくさん食べてご先祖様に元気ですよ、と見せる日」なんだそうです。

沖縄に住んでいて思うのが本土にいる時よりも
あの世とこの世の境目があまりないというか
あの世がとても身近に感じる事が多い。

この身近さは沖縄に長く住んで肌で感じないとわからないかもしれない。多分沖縄の人は逆に当たり前すぎて「そうねェ?」と特別なこととも感じてないみたいだし。。。それに墓の形が本土とは全く違います。最初見た時は古墳??と勘違いしました。でも、、ある意味古墳かも。。

沖縄のこののどかな雰囲気はこんな風習からも生まれているのかもしれない。人の心ものどかで温かく、これからも訪ねてきた人々に平和を考えさせてくれる沖縄であって欲しい。

沖縄に自分のお墓のない僕はそんな平和に願いを込めて心の仏壇にウートートー(手を合わせて祈る)します。







清明祭(シーミー)とは↓↓

シーミーとは清明の節の期間にお墓に親族が集い、ウートート(安泰の祈り)をして先祖供養した後にシーミー弁当と呼ばれる重箱入りの料理をいただく、中国伝来の風習。ちなみに清明の節とは二十四節気の一つ。桜など草木の花が咲き始め、万物に清朗の気が溢れて来る頃。毎年旧暦3月、新暦4月5日頃。天文学的には、天球上の黄経15度の点を太陽が通過する瞬間。




詳しく知りたい人の為の清明関連↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%8D%81%E5%9B%9B%E7%AF%80%E6%B0%97

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%98%8E


画像は沖縄の墓と墓前のシーミー
沖縄の墓はカメの甲のような滑らかな曲線のお墓。母体(子宮)をかたどったものといわれ、人間は死んだら産まれた場所に帰っていくという考え方にもとずくとされる説と死後ニライカナイ(沖縄の海の彼方にあるとされる理想郷だったりあの世のこと)へ海亀に乗って死後行ける様に亀の形という説がある。僕は両方の説を合わせて考えるのが好き。海亀に乗ってあの世?って・・なんか竜宮へ行くみたい。
posted by 竜馬 at 02:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月27日

紅型工房

城間紅型工房の庭で.jpg

古い赤瓦で出来た沖縄らしい門の木戸を開け中に入ると
オオオオオおおおおおお!!!!!!!!!

古風な庭、そしてその庭の池の横には鮮やかな紺に染められた紅型がずら〜〜〜っと並べて干されている!!
あまりにもの美しさに、ただの紅型工房でないことがわかる。

しかし、、人影が無い。この工房の庭には昔ながらの石畳が。
その石畳を上がり見つけた工房らしき場所。こういう場所の扉を開けるのってなんだか勇気がいる。

ガラガラっとあけると、そこは作業場。10人ほどの職人さんがなにやら紅型を作る作業をしていた。その中から出てきた若い女性。

なかなか気さくな方で、彼女の案内でこの紅型工房の作品が展示されてる小さな部屋へ。

オオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおお!!!
またもや感動!!いや感動という言葉すら当てはまらない。
僕が今まで見てきた紅型の染めの色とは明らかに格が違う!!

な、なんだ、、この工房!!
手軽なお土産の紅型を購入しようと思って来たのだが
こりゃあ美術館に置いたほうがいいだろ!という代物ばかりだ

NYなどでかなりの数の美術館やギャラリーを見てきたが、こりゃあたまげた!あらゆる世界の名画にも引けをとらない作品だ!いや、、名画と比べてはこの紅型が可哀相だ。とすら思ってしまう。

それほどにも鮮やかで美しい色
こういう作品に接すると言葉が出ない。言葉の表現の域を超えてます。あえて書けば「言葉を失う美しさ」です。



帰宅して調べた。。
この工房、首里の城間紅型工房というのですが、やはり凄い工房だったようです。琉球王朝時代から続く紅型の家系。紅型の三大宗家の一つでした( ゜_゜;)。そして戦後紅型の存続の危機に紅型を救ったのもここ城間家だったそうで。。拳銃の薬きょうの先端部分を使用した自作の筒などで製作作業しつづけ紅型を廃業する仲間があとを断たない中、「賃金の高いところで働けば生活も楽になるのに」「かびくさい天然染料を使うより外国の化学染料を使えばよいのに。」などと陰口をたたかれながらも極度に貧しい生活をしながら、廃品を拾い紅型に使えそうな材料を集め昔ながらの紅型を守り抜いたのが13代目城間栄喜さん。今は15代目の方が新しい工夫をしながらもしっかりと城間紅型工房の伝統を守っているそうです。

絵画でも音楽でもそうだが、一流のものというのは床の間に飾っておいたり、BGMで聞き流すだけで終わるようなものではない。強烈に命の中に食い込んでくる。理解するしないに関わらず見た者、聞いた者の命の目をひとつ開かせてくれる。今回もこの工房に足を踏み入れる前の僕と、工房から出た時の僕ではすでに違う人間になっているのだ。。世界の色がもうすでに違って見えている。。


紅型に興味ある方は是非!

城間びんがた工房
http://www.bingata.net/shiroma.html

歴史も
http://www.motoji.co.jp/knowledge/Waorimonogatari_1-04.htm

徹子の部屋に出演した時の城間さん語録
http://www.h2.dion.ne.jp/~kinki-bc/z14-6-6.htm


posted by 竜馬 at 12:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

不思議な電波音キャッチ!!

先日、米軍基地近くでレコーディングをした
戦闘機、戦闘ヘリの爆音は当たり前
しかし、、もっと怖いと思ったのが
普段耳に入らない不思議な電波音。。。。。

レコーディング機材をオンにすると入ってくる不思議な音
「ピコ、、ピコ、、ピコ、、ピ〜〜〜〜。。ピコ、、ピコ」

なんじゃ、、この音は??
モールス信号??レーダーの音?何々??

人間の耳には聞こえないけどレコーディング機材がキャッチする不思議な米軍基地から流れてくる電波音。。

この不気味な耳に聞こえない音は
確実に米軍基地周辺の人々の脳ミソと身体を貫通している。。


人体に影響?
無いわけがない!!!!


そのうちにいつか、この耳に聞こえない米軍基地から流される電波音で僕らが操られ戦争に駆り出される日が来るかもしれない。。いや、、もう操られているのかも。。

怖い怖い。。。。。。
posted by 竜馬 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

奪われてゆく・・

国を守る?平和を守る為?正義の為?
いったい誰の国?平和?正義?

多くの人が平和でのどかな青い海の島沖縄だと思っているこの島で、またまた国による暴力の悲劇が起ころうとしている。

本当に沖縄って青くてキレイな島?
本当に沖縄って平和なの?

僕には壊されてゆく自然と生き物達の叫びが聞こえてきます。

「今でも夜間飛行の米軍ヘリに自宅をサーチライトで当てられることがある。」というある母親の言葉が生々しい。。

沖縄の基地移設問題は辺野古だけではない、今回問題がまた大きく持ち上がっているのは沖縄北部東村の高江という自然がいっぱい残るのどかな場所だ。もちろん人も住んでいる。そこへまたまた半強制的に軍用ヘリの着陸パットをいくつも作ろうというのだ!それも住民にほとんど説明もせずにだ!そんな事を僕達は絶対に許しちゃいけない!!!

人間も住んでいますが、その高江周辺はやんばるという沖縄の自然がいっぱい残っている場所。ヤンバルクイナーやノグチゲラなど世界的にも珍しい沖縄にしかいない鳥達も住んでいます。

どんなに今無関心を装っているアナタにも確実にその死神はアナタの命を奪いにくる。その時アナタはきっと今住みかを奪われ殺されてゆく動物達と同じ悲鳴を上げるのです。

だからこそ、今僕達は行動しなきゃいけないのだと思う。破壊されてゆく自然、そして強引に作られてゆく大量殺戮兵器の為の基地施設。多くの人がこの今の沖縄の現実に関心を持ってくれることを願います。なぜならそれは今世界で起こっている暴力の縮図でもあるから。。



米軍ヘリパットとノグチゲラ裁判
http://www.qab.co.jp/01nw/04-07-14/index8.html

ヘリパッド移設/東村高江区民から怒りの声
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200603041300_03.html
posted by 竜馬 at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

ニンガチカジマーイ

ここ数日暖かかった沖縄
さっきまで太陽も出ていたのに、いきなり雨。
風も轟々とふいています。

旧暦ではまだ2月
沖縄には気候の周期があって
それは「旧暦(太陰暦)」と深い関係があります。
沖縄の行事は結構旧暦に沿った行事が多かったり
季節を表す言葉も旧暦で考えると面白いようにピッタリ


この時期、この変わりやすい天候とこの風のことを沖縄で
「2月風廻り」(ニンガチガジマーイ)と言うそうです。

旧暦2月のこの時期は季節が移り変わる時期であり、風向きが北風から南風に変わる日もあれば、また北風に変わる日もあり、結構強風が吹き海も荒れるので夏の台風と同じくらい、海人たちが恐れたと言われています

そして今日はまさしくこのニンガチガチマーイらしい日
急な天気の変化で風が今も轟々して急に気温も下がってきました。



他にも沖縄のこの夏になる前の季節表す美しい言葉があります。
それは「うりずん」と「若夏」(ワカナチ)

「うりずん}
「うりずん」とは「潤う」と浸みとおるの「ずみ」とで降雨が土に浸み若葉が芽吹き始める旧暦二、三月頃の沖縄特有の季節をさし万物が潤い生成され発展していく季節のこと。


「若夏」(ワカナチ)
現在、「うりずん・若夏」などと、同義語(対語)のように解釈されているが、もともとは前後する二つの季節。「うりずん」が旧暦の2月、3月を指し「若夏」という言葉には、うりずんに芽吹いた草木がさらに緑を増して生い茂ろうとする活力があり、「若さ」が感じられる季節の旧暦4月、5月を指す。


自然と共存していた頃から伝わる季節を表す言葉は美しいものが多くてドキドキ、ワクワクさせられます。

現代っ子の僕らは昔から伝わるこういう言葉から、自然と共存していた頃の人々の感性に触れ、心の潤いを取り戻したいものです。そしてその感性を後世にに伝えてゆく為にも、やはり自然は大切にしてゆかなくてはいけないのではないでしょうか?

本来の言葉をとり戻すこと。それは人間本来の生き方をとり戻すことと同じことなのかもしれませんね。
posted by 竜馬 at 07:58| Comment(2) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ヒヌカン

今夜3月15日の沖縄はとてもキレイな満月の夜でした。

この満月の日は沖縄は火の神(ヒヌカン)の日でもあります。

ヒヌカンについてわかりやすく書いてあるのを見つけたので↓

『ヒヌカンとは、「火の神様」と書きます。沖縄の家庭の台所 のほとんどには置かれています。火の神様を祀る事は、沖縄 独特の風習ではありませんが、沖縄では今も昔と変わらずヒ ヌカンを祀っています。旧暦の1日と15日にはお供えして いる塩と葉を取替え、線香とお酒、チャーギの葉を供えてヒ ヌカンにお祈りするのです。このヒヌカンは、友達がおおく て色々な神様とネットワークが繋がっています。ということ で、都合が悪く、ご先祖様のお参りに行けない場合に、ヒヌ カンにお祈りをすれば大丈夫!!ヒヌカンを通してウティン ヌカミ(御天の神)ジーチヌカミ(土地の神)リュウグヌカ ミ(龍宮の神)先祖、人への願い事どんな所、どんな場所へ でも通して御願をすることができる。ちなみに、この他 の 神様に拝 みを伝えてもらうことを「通しウグヮン(拝   み)」とも言い ます。』


沖縄の人でも現在は行っていない家庭もあるようですが、それでも結構僕の身の周りの沖縄の家では普通に行っているところが多いです。

沖縄に住んでいてよく感じるのはこういった民間信仰が未だに色濃く残っているところ。ついでに沖縄の仏教伝来や本土の神道と沖縄の民間信仰との関係など書き出したら面白くてとまらないことばかりなのですが、、それは長くなりすぎるのでやめておきます。

妙にこういったことを神聖化してカルトちっくになることに関しては僕はあまり好きではないし、逆に大切な民間信仰を壊してしまう危険性すら感じますが科学的根拠はさておき、こういった民間信仰が残っているのは都会育ち?の僕としては羨ましくもあり、そしてずっと残していって欲しい文化だなぁ、と思います。なんといってもこういう信仰は人の心に潤いを与えているように感じます。


毎月台所にある家を守ってくれる火の神様に手を合わせる
理屈抜きに、それだけで人って大自然や見えない力に対してちょっぴり謙虚になれる気がするのだけど、、どうでしょう?

仏壇にしても、ヒヌカンにしても、こういった何かに手を合わせる時間というのは結局は自分自身とも向き合うということで現代人が失いつつある心の余裕をつくってくれているような気がします。合理的でない行為の隙間にこそ豊かな文化の種は落ちているのではないでしょうか。。。。


posted by 竜馬 at 07:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 沖縄のあれやこれや | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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