2010年11月11日

STAFF BENDA BILILI

強烈に感動!!

ずっと観たいと思っていた映画が沖縄にも来た。
観に行ってよかった。

STAFF BENDA BILILI (スタッフ ベンダ・ビリリ)!!!!

強烈に感動。途中何度も鳥肌がたった。
この映画を観ると観ないでは人生が変わるのでは?と思うほどの感動だった。
ましてや、音楽をやっている人間なら、観れば必ず何か変わるはずだ。

小児麻痺で下半身不随、自由に走り回ることすら出来ない不自由な身体
そして路上で生活しているような貧困の中、欲しいものを買えるような金もない不自由。
しかし、彼らは底抜けに明るく前向きで、うらやましいほどに自由だ。
足も自由に使え、金も持っているのに、
彼らよりも淀んだ目をして、何かにつながれたように
不自由に生きる先進国の人間が僕のまわりにも大勢いるのは何故だ?
そして僕自身は彼らのように自由だろうか??
自由とはなんだろう??と問いかけてくる映画でもあった。

自由とは、環境に依存するものでもなく、与えられるものでもはなく
自ら創り出すもの、自らクリエイトしてゆくものなのでは?
そう僕は感じた。

彼らが楽器を自分で作り出すように
自由を求める心があるのなら、自分で自由を創りださなくてはいけないに違いない。

なんだか凄く大きな勇気をもらった気がする。

感動が大きすぎて、この映画を細かく評論するのは難しい。
観ていない人は、機会があれば、是非この映画を観て欲しい。
そして彼らの音楽にも触れて欲しい。

つい先日、日本にもバンドが来ていたらしい。
コンサートに行った人がうらやましい。
沖縄にもいつか来ないかなぁ。。。








公式HP
http://bendabilili.jp/index.html


屈強のコンゴ魂

屈強のコンゴ魂

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: プランクトン
  • 発売日: 2009/03/22
  • メディア: CD






posted by 竜馬 at 14:09| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

5拍子の田舎の生活

5/4拍子の曲を探していたら、
Spitzの『田舎の生活』という曲を見つけた。

実はあまりSpitzの曲を僕は知らない。
でも、この曲、結構いいな。
5拍子から4拍子に変わる感じとかいい。
5拍子やら7拍子などに最近凝っている僕としては、いい勉強になる。

しかも、詩がステキ。

最初の5拍子のところでの歌詞は、みずみずしい自然に囲まれた田舎風景を感じさせているのに、4拍子になって、リズム的にはもっと楽しく展開していくのかと思いきや、歌詞はいきなり、「幻?」「さようなら??」え??何これ?悲しい切ない曲??ええ??って不思議な世界に連れていかれる。
妙に心に残っちゃいました。。

他の曲をあまり知らないが、スピッツというバンド名から
勝手にもっと軽いバンドかと思ってた。。。



歌词:
なめらかに澄んだ沢の水を ためらうこともなく流し込み
懐かしく香る午後の風を ぬれた首すじに受けて笑う
野うさぎの走り抜ける様も 笹百合光る花の姿も
夜空にまたたく星の群れも あたり前に僕の目の中に

必ず届くと信じていた幻
言葉にまみれたネガの街は続く
さよなら さよなら 窓の外の君に さよなら言わなきゃ

一番鶏の歌で目覚めて 彼方の山を見てあくびして
頂の白に思いはせる すべり落ちていく心のしずく
根野菜の泥を洗う君と 縁側に遊ぶ僕らの子供と
うつらうつら柔らかな日差し 終わることのない輪廻の上

あの日のたわごと 銀の箱につめて
さよなら さよなら ネガの街は続く
さよなら さよなら いつの日にか君とまた会えたらいいな



★ところで7/8拍子とか5/4拍子の曲集めてます。
 どなたか、オススメあったら教えて下さいませ。
posted by 竜馬 at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

R.I.P Gregory...One Love

先月亡くなってしまってたんですね。。。
マイミクさんからの情報で知りました。

ロンドンの自宅で、肺がんで亡くなったらしいです。59歳。

Reggae Clubなどで流れるGregory Isaacsの甘い歌声に何度も酔いしれたものです。
Gregory Isaacs歌声を聴くと、毎晩Reggae ClubやらBarに通っていた
自分の20代の頃の多くの思い出がよみがえります。

しばらく聞いてなかったけど、久しぶりにGregory Isaacsを聴きこんでみよう。



Gregory Isaacs

Rest in peace Gregory.Thanks for the good feelings you provided.




posted by 竜馬 at 05:26| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月16日

音楽と水

音楽は水のようなもの

蛇口をひねれば出てくる水は
まるでボリュームをまわせば流れてくる音楽

排水量の調節の為に人間が考え出した蛇口
ボリュームのつまみは音楽の音量調節

ラスタカラーのマグカップに入れて飲もうが
和風の湯飲みに入れて飲もうが、水は水。

音楽をREGGAE、HIP-HOP,HOUSE,ROCK,JAZZ,BLUES,POPと色分けしても
本質的には皆同じ音楽。

僕自身はREGGAEだったりJAZZYな雰囲気が好きなんでラスタカラーのマグカップに入れて水を飲むようにREGGAE調な音楽やJAZZYな雰囲気の音楽を聴いたりすることが多いけど水は水と一緒で音楽は音楽。楽しみ方や味わい方は人それぞれでも本質的には同じ音楽。

こんな僕でもREGGAE以外は聞けない!なんて思い込んでいた時期も学生時代の頃にありましたが、音楽を聴けば聴くほど、知れば知るほど、なんでも楽しめるようになってきた。今はTRANCEだって、民謡だって演歌だって「良いものは良い」と楽しめるようになってきた。

音楽は響き。

あらゆるものと響き合っていたいと思う。
だって、生きていること自体が「響き」でしょ?

「音楽を聞く」と言葉ではいいますが、実は僕ら自体が音楽そのものなんじゃないか?と感じたりもする。音楽を聞くということは自分を感じていることと同じ。

ジャンルにこだわりすぎたり
細かいことにこだわりすぎると
命そのものも小さくなる気がする。

人間の身体の65%以上は水分です。
水を飲まなければ人間は死んでしまいます。
音楽も同じ。

posted by 竜馬 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月30日

静寂の音

この世で一番大きくて重い音
きっとそれは静寂

ん?と思う人もいるかもですが
ちょっと考えてみると
大きな部屋、小さな部屋といろいろありますが
ようするに空間を何かしら(壁など)で区切ることで部屋が出来ます。

「大きな音」と大抵の人が認識しているものは
ようするに何かしらの区切られた枠内での音
つまり大きな部屋と同じ意味なのだと思う。

本当に広い空間とは、なんの区切りもない空間
砂漠をイメージしてもいいし、水平線の見える海をイメージしてもいい
でも、もっとだだっ広い空間はきっと宇宙のイメージ。

それを音に例えると、、
なんだか静寂にあるような感じがする。

森の中で大きな自然石なんかが祭られていたりするのを沖縄や日本の古神道の神社などではよく見かけますが、ああいう巨大な石を見ていると妙な気分になる。なんの音も発せられていないはずなのに、、そこにはなんだか言葉では表現出来ないような、とてつもなく大きな大きな音がそこにアルような気がしてきます。

そんな妙なことを感じた後で太鼓を叩くと
なんだか宇宙的な感覚でのびのびと叩ける。

それが他人にどう聞こえているのかはわからないのですが、、
少なくとも僕自身はとても気持ちがよくなる
posted by 竜馬 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月21日

クリン

僕のクリン.jpg


最近購入して練習しはじめている打楽器

クリンといいます。

変な名前でしょ?w
いわゆるスリットドラムの一種ですが
これはアフリカはギニアの打楽器

僕は普段ジェンベやカホンなど手の平を使って演奏する打楽器ばかりで、スティックを使っての演奏は未経験に近いのでスティックを使ってリズムを刻むこと自体に苦戦中。なかなか思うところにスティックが当たらなかったり、直接手の平でビートを刻むわけではなくスティックを通してリズムを刻むので微妙に手の平との感覚のズレがリズムのズレにもなってしまい気持ちよく叩くにはもう少し時間がいりそうだ。

最近はジェンベやカホンだけじゃなく色々な打楽器に興味あり。

とりあえずはこのクリンで少しスティック(バチ)さばきに慣れよう。
posted by 竜馬 at 19:14| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

太鼓叩きの幸せ

ニューヨークの地下鉄で大学に通っていた頃、駅のホームでバケツをドラム代わりにして叩いている10歳ぐらいの黒人の子供がいた。

駅の構内に響き渡る彼の刻むビートに鳥肌が立った。そのビートがそこら辺に転がっているバケツから発せられている音だというのも凄かったが、彼の刻むビートそのものにも凄いエネルギーを感じた。

当時は自分が太鼓を叩くなど夢にも思っていなかった絵描きを目指す美大の学生の僕でしたが、その日は一日中その黒人の子供が叩くバケツドラムの音が頭の中で鳴りっぱなしで、電車の音から、目の前を走る車、そして信号の点滅さえが全てリズムに見えた。

この世の中は全てリズムだ!!と、10歳の子供の叩くバケツドラムの音で一瞬にして世界観が変わった日でもある。

とにかく世界観が変わるほどの感動をもらった。

そして、それから20年ほど経つ。
今は僕がライブ以外は道で太鼓を叩いたりしている。

画家か武道家を目指していた僕が道で太鼓を叩いているのも自分で考えるとまた妙なものだが、まだまだあの時の子供にはかなわない未熟な太鼓叩きですが、多少なりとも何かしら道行く人に何か「お!面白いじゃんw。」と感動までいかなくても「楽しさ」ぐらいは分けられていたらいいなと思う。

今日もストリートでカホン(箱の形をした太鼓)を叩いていると、子供たちが「うおぉ〜!!すげえ!!お父さん、お母さん見て見て!!この人、箱叩いてるよ!!!」と目をキラキラさせて近寄ってきた。触りたそうにしているので、「叩いてみる?」と聞くとキラキラした目がもっと輝きはじめて4人の子供が入れ替わり立ち代りパカパカと太鼓を叩き始めた。

両親に急かされて去る時も「おじさん、ありがとう!!」と凄く嬉しそうに手を振って帰っていった♪。
(ま、おじさんっていう呼ばれ方は少し気に食わなかったけどw)

ストリートで太鼓を叩いていて嬉しいのはやっぱりこういう時。

僕が20年前に出会った黒人の子供にはまだまだ遠く及ばないけれど、子供たちのこれからの人生にちょっと色を添えるぐらいの何かしらの「楽しい発見」を僕の太鼓の音や、いい大人がバカみたいに一心不乱に太鼓を叩いている姿から感じ取ってくれたら僕はそれだけで十分に自分の命の価値を感じることが出来る。

子供たちのキラキラした目の奥に
僕の幸せも喜びもキラキラと音を立てている。

僕と子供たちの共鳴音。


2007年08月22日
posted by 竜馬 at 18:01| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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